お日さまとお月さま
 
幸せな地球さんを見ました 
 


りんのショートストーリーより

りんのショートストーリーより

神ってる [コメディー]

毎日忙しく働いているのに、どうしてこんなに貧乏なのかしら。

「貧乏ヒマなしっすね」
ん? だれ? この部屋には私しかいないけど。

「あー、ちょっと掟とかあってー、姿が見せられないっすけど、一応、神っす」
「神?」
「そう、流行語で言えば、神ってる」
「神様なら何とかしてよ。宝くじ当ててくれるとか」
「無理っす。おれ、貧乏神っすから」
「貧乏神! やだ、どうしてうちに?」
「あー、まじ一目ぼれっす。流行語で言えば、アモーレ」
「いつからいるの?」
「キミがポケモンGOを夢中でやってた頃っす。最近やらないっすね」
「もう飽きたわ。それよりどうすれば出て行ってくれる?」
「キミより美人を紹介してくれたら考えてもいいっすよ」
「うちのお姉ちゃん、すごい美人よ。人妻だけど」
「人妻はダメっす。不倫になっちゃう。流行語で言えばゲス不倫」
「目に見えないんだからいいでしょう」
「いや、倫理的な問題っす。一応神なんで」
「じゃあ、友達のA子、可愛い子よ」
「うーん、女友達の可愛いは信用できないっす。話盛るから。流行語で言えば盛り土」
「いやそれ、意味ちがう」

「ところであなた、今まで誰のところにいたの?」
「ピコ太郎さんのところっす。PPAPが世界的な人気になって、居づらくなって出てきたっす」
「いいなあ、一発当てたら大金持ちか。私もお金があったらゆっくり旅行したいな」
「聖地巡礼の旅ならお供しますよ」
「温泉がいいわ」
「じゃあ一緒にトランプしちゃいましょう。流行語で言えばトランプ現象」
「意味ちがうって」

「あーあ、マイナス金利とか言っても、景気はちっともよくならないし。ねえ、この景気の悪さもあなたのせい?」
「ちがうっすよ。国の景気まで貧乏神のせいにされたらかなわないっす」
「じゃあ、最後の流行語行くわよ。日本死ね」


*****

2016年の流行語大賞10コを盛り込んでみました。
数年後に読み返せば懐かしいかも。
だけど「保育園落ちた日本死ね」は、書きづらいわ~
「びっくりぽん」を選んでほしかったな。



12月3日(土)08:46 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

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最後のレストラン

男は、この春会社をリストラされた。
再就職はうまくいかず、酒におぼれ、妻は中学生の娘を連れて実家に帰った。
何もかも失った。
「もう生きている価値もない」と口癖のようにつぶやく。
財布の中の所持金は、2500円。
これっぽっちを家族に残しても仕方ない。
この金で、今夜食事をしよう。最後の晩餐だ。
男は、自ら命を絶つことを決めていた。

男がまだ幸せだったころ、家族でたまに訪れたレストランを選んだ。
目を輝かせてお子様ランチを見つめる娘、妻と男はグラスワインを傾けて、ささやかな贅沢を楽しんだ。懐かしい店だ。最後の晩餐にふさわしい。
男はラストオーダーギリギリの時間に行った。
幸せそうな家族連れを見たくなかったからだ。

「いらっしゃいませ」
男を迎えた店員たちが、いっせいにクラッカーを鳴らした。
「おめでとうございます!」
「え? なに?」
くす玉が割られた。何かの祝いだろうか。男は戸惑った。

「おめでとうございます。お客様は、当店最後のお客さまです」
「最後の客?」
「今日で店を閉めることになりまして。本日は、家族みんなで精一杯のおもてなしをさせていただきます」
男は中央のテーブルに案内された。
シェフとその妻、娘と息子。心なしか寂しげに見える。
近くにチェーン展開をするレストランが増えて、経営が苦しくなったのだろうか。
気の毒だ。他人ごとではないと、男は思った。

ワインが運ばれてきた。ずいぶん高そうなワインだ。
「いや、頼んでないけど」
「本日は、最高級のワインとお料理をサービスさせていただきます」
男が戸惑っていると、料理が次々運ばれてくる。
この店で一番高いステーキが出てきたときは、さすがにシェフを呼んだ。
「お客様、何かご用でしょうか」
「あの、いくら最後の客だからって、大盤振る舞いしすぎじゃないですか? 今後のために、少しでもお金を残した方が。いや、余計なお世話ですが」
シェフは静かに笑いながら、「かまいません」と言った。
「これっぽっちの金を残しても、仕方ないんです」

男はハッとした。自分と同じだ。
もしや、このシェフ、いや、この家族は、店を閉めた後で一家心中をするのではないか。
そう思って見てみると、すべてが絶望に包まれているように見える。
ひそひそ声で「旅立つ準備はできたか」などと囁き合っている。
男は思わず娘と息子を見た。まだ若い。息子はまだ学生だろう。
だめだ。若い命を巻き込んではだめだ。
男は、信じられないほど柔らかくて美味いステーキをほおばりながら、ボロボロ泣いた。
「お客様、どうされました?」
「シェフを、呼んでください」

男は、涙ながらに話し始めた。
「私は、この春リストラされました。妻子にも逃げられ、すべてが嫌になりました。財布に残った2500円を持って、この店に来ました。最後に思い出のレストランで食事をして、死のうと思ったんです。だけどやめました。あなたの料理を食べて、私は生きる希望を持ちました。だからお願いです。あなたたちも生きてください。こんなおいしい料理が作れるんです。死んでしまったら勿体ないです」
涙ながらに訴える男に、シェフは穏やかに微笑んだ。
「わかりました。いろいろありますが、頑張って生きていきましょう」

男は心底安心して、デザートまできれいに食べて帰った。
明日から、ちゃんと仕事を探そう。日雇いでも何でもいい。
そして、妻と娘を迎えに行こう。そう心に決めた。

男が帰った後のレストラン。
家族で後片付けをしながら、息子がぽつりと言った。
「あの客、なにか勘違いしてたよね」
「そうね。私たち、宝くじが当たって、もっといい場所に大きな店を出すのにね」
「まあ、いいじゃない。パパのお料理で一人の命が救われたのよ」
「さあ、明日からハワイだ。旅立ちの準備は出来てるか?」
「アロハ~」

~~~~~~~~~~~~~~~



きょうは午前中おだやかな天気でした。
ポスティング終了

夕方から雨です。


5日は見事な秋晴れでした。



11月8日(火)16:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

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12月の結婚

どうも、カレンダーです。
残すところ、あと3枚になりました。
スリムになって嬉しいですが、あと3ケ月でお払い箱だと思うと、やはり寂しさを隠せません。

ところで私は、日付の下にスペースがある、いわゆる書き込み式です。
持ち主の女性A子さんは、1月1日に私をリビングにかざってくれました。
そして書き込みました。

『12月23日/結婚』

12月23日は天皇誕生日ですが、A子さんの誕生日でもあります。
30歳の誕生日。
この日までに結婚したいという願望でしょうか。

しかしA子さんに彼氏の影は微塵もありません。
毎日判を押したように同じ生活です。
朝7時50分に家を出て仕事に行き、夕方6時半に帰ってきます。
帰ってからは、録画した海外ドラマを見て過ごします。
もう10月なのに、デートのひとつもしていません。
12月の結婚は……はっきり言って無理じゃね?

A子さんに、焦る様子はまるでありません。
せめて合コンの予定くらい入れましょうよ。
そうこうしているうちに、ハロウィンも終わりです。
仮装パーティーもなしです。
そろそろ婚活でもしたらどうですか?
12月の結婚は……本当に無理じゃね?

11月になっても、A子さんの生活は変わりません。
真面目に仕事をして、まっすぐ家に帰り、土日もデートしている様子はありません。
相変わらず海外ドラマ漬けの日々です。
最近は、それに加えて英会話の勉強を始めました。
結婚よりもスキルを上げて、キャリアウーマンを目指すことにしたのでしょうか。
それとも海外ドラマ好きが高じて、旅行にでも行くのでしょうか。
いずれにしても、12月の結婚は……完全に無理じゃね?

いよいよ12月になりました。
私もついに残り1枚です。
A子さんは、小さなクリスマスツリーを飾りました。
最近は英会話に加え、料理の本を読んでいます。
まだ諦めていないのでしょうか。しぶとい人ですね。
しつこいようですが再び言います。12月の結婚は無理じゃね?

12月23日がやってきました。
A子さんは、ちょっとだけおしゃれをしていますが、出かける様子はありません。
誕生日くらい、せめておしゃれをしたい女心は、わからないではありません。
私が人間の女子だったら、女子会を開いて差し上げますのに。
「大丈夫だよぉ。30歳なんて若いよぉ。急いで結婚することないよぉ」
と慰めて差し上げるのに。
ああそれよりも、私が人間の男子だったら、迷わずあなたを選びます。

夕方、突然ひとりの男が訪ねてきました。
バラの花束とケーキを抱えています。
A子さんは、笑顔で彼を迎えました。
「待っていてくれたんだね」
「あんなに熱烈な年賀状をもらったのは初めてよ」
だ…誰ですか?

彼は、A子さんが10年前に別れた彼でした。
ふたりは同じ大学で、とても素敵な恋をしていましたが、彼が研究のためにアメリカに渡ることになりました。
彼について行くには、A子さんは若すぎました。
彼もまた、A子さんを縛ることは出来ずに別れを決意しました。
彼は、アメリカに旅立つときにA子さんに言いました。
「30歳を過ぎても、お互いにひとりだったら、そのときは結婚しよう」

もちろんA子さんは、その言葉を鵜呑みにしたわけではありません。
だけど心のどこかで待っていたのです。だからA子さんは、学生時代からずっと同じアパートに住んでいます。
そこへ今年の元旦、アメリカから年賀状が届いたのです。
『この住所にはがきが届くということは、きみはまだひとりでいるということかな』
そんなふうに始まったはがきには、熱烈な想いが綴ってありました。
彼もまた、A子さんを忘れられずにいたのです。
「誕生日に逢いに行く」という言葉は、すなわちプロポーズです。
A子さんは、すぐさま私をめくり、12月に『結婚』の文字を書き込んだのでした。

ふたりは、楽しいクリスマスを過ごし、互いの親に挨拶をしました。
A子さんはもうすぐアメリカへと旅立ちます。
残念ですが、私はA子さんの幸せを見届けることは出来ません。
最後にひとこと、言わせてください。
よかったじゃん。幸せになれよ!



10月27日(木)08:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

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人生最後の贈り物 [公募]

人間には寿命がある。それは仕方のないことだ。
あまり知られていないが、寿命が近づくと、どこからか封書が届く。
きれいな水色の封筒には、天使の羽根で書かれたような、あなたの名前が記されている。
封筒の中には、真綿のような白い表紙のカタログが入っている。
タイトルは『人生最後の贈り物』。

高木は、三年前に妻を亡くしてひとり暮らし。
息子夫婦に一緒に暮らそうと言われたけれど断った。
住み慣れた町を離れたくなかったし、嫁に気を使うのも嫌だった。
しかしここ数か月は体調が悪く、息子夫婦の世話になることも考えなければ、と思い始めていた。

高木宛に水色の封書が届いたのは、そんな秋の早朝だった。
起き抜けのテーブルに、不思議なほど自然に置かれていた。
高木は戸惑いつつも封を開けた。
「人生最後の贈り物? なんだ、これは?」

カタログを開くと、紫色のインクで書かれた丁寧なあいさつ文があった。

『慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に、最後の贈り物です。カタログの中から気に入ったものをひとつ選んで、返信用のはがきに番号をご記入ください。最期まで幸せなときを過ごせるよう、心よりお祈りいたします』

そろそろお迎えが来るということか。高木は妙に納得しながら、頁をめくった。
一頁めに、豪華なディナーの写真があった。
こんな食事を、一度はしてみたいと思っていた。
飲んだこともない高価なワインとシャンパン。
厚いステーキに添えられたフォアグラ。旨そうだ。
しかしこのところ、いかんせん食欲がない。半分も食べられないだろう。
高木はため息をついて頁をめくった。

二頁めには、旅の写真があった。高木は、海外旅行など一度も行ったことがない。
妻が病弱だったから、旅行といっても近場の温泉がせいぜいだ。
ハワイでゴルフ、パリで美術館巡り、豪華客船で世界一周。どれもこれも魅力的だ。
しかし高木は、妻と出かけた温泉以上の想い出を作りたいとは思わなかった。
夕陽に染まる山間の宿と、妻の笑顔が高木のいちばんの想い出だ。

三頁めには、可愛い赤ん坊の写真があった。「初孫」と書かれている。
少し高木に似ている気がする。息子夫婦に子供はいない。
友人から孫の話を聞くたびに、羨ましいと思ったのは事実だ。
しかし、そういう人生を選んだのは息子夫婦だ。
老い先短い自分の願望で、彼らの人生を変えてはならない。

四頁めには、級友たちの写真があった。
どのようにして手に入れたのかわからないが、高木の学生時代の写真であった。
これにはさすがに心が動いた。
最後に級友たちと酒を酌み交わすことが出来たらどんなにいいだろう。
しかし高木は、三年前の妻の葬儀に遠方から駆けつけてくれた友人たちのことを想った。
みんな足が不自由だったり、持病があったりする中、無理をしてきてくれた。
何度も足を運ばせるのは忍びない。高木の方が出向くのは、体力的に自信がない。
これもだめかと頁をめくった。

五頁めには、写真はなかった。ただ、大きな読みやすい字でこう書かれていた。
『あたたかく、おだやかな死』
これだ、と高木は思った。もうこれ以外望むものはない。
高木はカタログを閉じて、同封されていた返信用のはがきに、「№5」と書き込んだ。

すると、それと同時にはがきが煙のように消えた。
カタログも封筒も、一緒に消えてしまった。
高木は、右手に握りしめたボールペンで頭を掻きながら「寝ぼけてたのか?」とひとり言を言った。

それから数か月後、高木は静かに息を引き取った。
息子夫婦と、妹夫婦や甥や姪たちに囲まれて、実にあたたかく、おだやかな最期だった。

「あなた、今までお疲れさまでした」
まるで定年退職をしたときのように、先だった妻が高木を迎えた。
「あなたも№5を選んだのね」
「そうだ。おまえも?」
「ええ、それ以外に望むものなどないわ」
「そうだな」
「あなたが№6を選ばなくてよかったわ」

№6があったことを、高木は知らなかった。五頁までしか見ていなかったからだ。
何だろう。気になったが後の祭り。
高木は妻の手を取って、あたたかくおだやかな風の中を歩き出した。

№6は、「絶世の美女との一日デート」であった。
女性の場合は美女が美男子になるのだが、不思議なことに殆どの人間は、五頁めで手を止めてしまうのだった。人生最後に願うことは、きっとそういうものなのだろう。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-09-09



9月26日(月)07:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

水を求めて [SF]

わたしたちウォーター族は、水がないと生きていけません。
皮膚が渇くと、干からびて死んでしまうのです。
わたしたちは、水の惑星で暮らしていました。
小さな星には、シンボルとなる「永遠の泉」があり、そこから絶え間なく湧き出る水が、わたしたちの体を常に潤していました。

ところが突然異変が起こり、泉は永遠ではなくなりました。
水の量が徐々に減り、ついには底が見えるほどになりました。
仲間はたくさん死にました。このままでは、絶滅してしまいます。

優れた技術者が、なんとか生き残れる方法を考えました。
それは、水に入ると体が小さくなるという薬です。
その薬を飲んだわたしたちは、少ない水でも生きられるようになったのです。
それでも水がすっかり枯れたら終わりです。
時間はありません。
生き残ったわたしたちは、わずかな水を容器に詰めて、新しい星を探す旅に出たのです。

水が豊富な星を見つけました。
地球という大きな星です。
たくさんの生物が暮らしています。
わたしたちはさっそく、水を求めてさまよいました。

「うみ」という巨大な水がありました。
しかしそれはしょっぱくて、わたしたちの体質に合いません。
「かわ」は流れが早くて危険です。
「みずうみ」は、しょっぱくなくて流れも穏やかだと聞き、そこへ行くことにしました。
ところが長旅の疲れと、持ってきた水が濁ってきたことによる体調不良で、みんな動くことができません。

あたりはもう真っ暗で、右も左もわかりません。
こんなところで死にたくありません。
「水の匂いがする」
仲間が言いました。
フェンスに囲まれた四角い堀の中に、たっぷりの水がありました。
「ぷーる」と呼ばれるものです。

わたしたちは、フェンスをよじ登り、ふらふらになりながら水の中に飛び込みました。
「ああ、生き返った」
薬によって体が小さくなったわたしたちにとって、「ぷーる」はとても広くて快適でした。
わたしたちは、「ぷーる」の中にぷかぷか浮きながら、空を見上げました。
なんてきれいな空でしょう。
たくさんの星がまたたき、ゆるやかな風が吹いています。
ずっとここにいたいと思いながら、わたしたちは久しぶりにゆっくり眠りました。

翌朝目覚めると、おおぜいの地球人が「ぷーる」のまわりを囲んでいます。
ああ、わたしたちは侵略者として、捕まってしまうのでしょうか。
しかし、地球人たちはなぜかとても楽しそうです。

「どうして学校のプールに金魚がいるんだ?」
「すげえ、おれ、金魚すくいやりたい」
「あたし、おうちで飼うわ」

どうやら、薬を飲んで小さくなったわたしたちは、「きんぎょ」という生物に似ているようです。
地球人たちはわたしたちを、きゃあきゃあ言いながらつかまえました。
子供のようですが、なかなかに狂暴です。
元の姿に戻るのは危険だと、誰もが思いました。

そしてわたしは今、地球人の家の中にいます。
きれいな水槽に入れられて、水草たちと一緒に静かに暮らしています。
「キンちゃん」なんて名前で呼ばれています。
水から出ない限り、元の姿に戻ることはありません。
わたしは「きんぎょ」ではないけれど、「きんぎょ」として生きるのもいいと思い始めています。
だってここにいれば、死んでしまう心配はありませんもの。

ところで、わたしの仲間、あなたのおうちにいないかしら?



うちの金魚たち。ま、まさか!

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-07-25



7月26日(火)10:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

優しい別れ [公募]

達郎の部屋は蒸し暑い。
ひどくのどが渇いているのに、目の前でうつむく彼は水さえも出さない。
相変わらず気が利かない男だ。
言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉が出ない。
首筋の汗を指先で拭うと、ようやく気付いたように彼が立ち上がった。

「ごめん、エアコンが壊れてるんだ」
西側の窓を開けると、一瞬にしてよどんだ空気が流れはじめた。
光の粒が舞い上がり、それと同時にチロチロと可愛い音がした。
カーテンレールに吊るされた風鈴だ。青いガラスの小さな風鈴が、優しく揺れた。

新しい彼女ができたのだと思った。
窓辺に風鈴を吊るすような風情は、達郎にはない。
道端の花を平気で踏みつぶすような人だった。
風も雨も、彼にとってはただの自然現象にすぎない。
それでも私たちは楽しくやっていた。
星よりもネオンが輝く都会で、ふたりの将来を夢見ていた。

友人が主催するパーティで知り合って、すぐに意気投合。
都合が合えば夜の街を飲み歩き、愛を語りあった。
ずっとこのまま、離れることはないと思っていた。
互いに結婚を考え始めた3年目、達郎が突然地方に転勤になった。
東京から新幹線で3時間、在来線で40分の小さな町だ。
2年後には戻ってくるという言葉を信じ、電話とメールで遠距離恋愛を続けて一年が過ぎた。
距離に負けたくないけれど、正直限界を感じ始めていた。

そんなとき、「別れてほしい」と達郎から電話があった。昨夜のことだ。
予感はあったけれど、電話で別れを告げる無神経さに腹が立ち、遠恋後初めて彼の部屋を訪れた。

達郎が、冷蔵庫からようやく麦茶を出してきた。ガラスの容器に入っている。
「麦茶、自分で作ってるの?」
「あ、うん」と達郎が頷く。キッチンをちらりと覗くと、長ネギとジャガイモが見えた。
「自炊してるの?」
「ああ…、この辺は野菜が安いから」
驚いた。炭酸飲料とピザとカップ麺で暮らしていた人が、麦茶を作って自炊?
「もしかして、タバコもやめた?」
「うん」
「やっぱり新しい彼女ができたのね。彼女のために、タバコもやめたんだね」

達郎が、あきらかに動揺した。目が泳いでいる。
「安心して。会わせろなんて言わないから」
思わず咳込んだ達郎が、青い顔で麦茶を流し込んだ。
「大丈夫?」なんて、背中を擦ったりしない。
新しい彼女がやりそうなことを、私は一切しない。
料理を作ることも、部屋の掃除も、タバコをやめさせることも、3時間40分かけて、逢いに来ることも。

負けた。距離ではなく、その人に。
「きっと優しい人なのね」
立ち上がって風鈴を鳴らした。彼女の存在を知って、どこか安心している自分がいる。
もういいじゃない。私は私で楽しくやるわ。
振り向いて、精一杯強がりの笑顔を見せた。

「いいわよ。別れてあげる」
達郎は、心底安心したように微笑んだ。うっすらと涙が浮かんでいる。男のくせに何?
「彼女と、おしあわせに」
送っていくと言う達郎を断って、駅までの道をひとりで歩いた。
思ったよりも傷ついていないことに気づいた。
あの風鈴の音色が、胸に残っているせいかもしれない。
達郎が、少し痩せて男前になっていたことが、ちょっとだけ悔しいけれど……。


早足で歩く彼女を、達郎は二階の窓から見ていた。
一度も振り返らない。彼女らしいと思う。
抑えていた咳が、体全身を震わせて激しく吹き出した。
引き出しから薬を取り出して飲むと、少しだけ落ち着いた。
窓辺にしゃがみこんで、空を見る。雲の流れが早い。季節は夏へと向かっている。

達郎が余命宣告をされたのは、一か月前のことだった。
もうすぐ、この部屋を出て実家で余生を過ごすことになっている。
タバコもやめた。体にいいものを食べるようにした。

最後に、彼女に逢うことが出来てよかった。彼女の笑顔が見られてよかった。
短い人生の中で、一番輝いていた時を過ごした大切な人だ。
自分の死で、彼女を悲しませることだけは避けたかった。

初夏の風に、風鈴が寂し気に鳴った。病院の帰りに、縁日で買った風鈴。
それは、初めて会ったパーティの夜に、彼女が着ていたドレスの色に似ていた。
見慣れた景色に、彼女の姿はもうない。達郎は窓を閉めて、指先で風鈴を鳴らしてみた。
「さようなら」と優しい音がした。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-07-10



7月16日(土)18:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

恋の松竹梅

 

りんのショートストーリー [男と女ストーリー]

高木は、午後6時になると500円玉をにぎりしめて、弁当を買いに行く。
「幕の内の梅ですね」
高木が注文する前に、弁当屋の看板娘が言う。
毎日同じものを注文するから、すっかり覚えてしまっている。
「はい、485円です」
500円を渡すと、左手をそっと添えてお釣りを手のひらに乗せてくれる。
高木はいつもここでときめく。
笑顔が素敵で、キビキビ動く彼女に、高木はほのかな恋心を抱いている。

高木は漫画を描いて生計を立てている。
まったく有名ではないが、何とか食べていける収入はあった。
幕の内の梅は、高木にとってささやかな贅沢だった。

あるとき、「いらっしゃいませ」と元気に挨拶した彼女の顔がくもった。
「あら、ごめんなさい。幕の内の梅、売り切れちゃったの」
「え?ホント?」
「ええ、竹ならあるんだけど」
「じゃあ、今日は竹にするよ」
そう言って500円を出した高木だったが、幕の内の竹は590円だった。
「あ、足りない。家に帰って金持ってくるよ」
慌てて500円をひっこめた高木だったが、看板娘は竹を袋に入れて差し出した。
「500円でいいですよ。毎日来てくれてるから。あっ、パパとママには内緒ね」
そう言ってにっこり笑った彼女に、高木は大きな勘違いをした。
『もしかして、この子、オレのこと好きかも』
高木は夢心地で、少しだけ豪華な弁当を食べた。

いいことは続くもので、原稿を出版社に持っていくと、
「このまえの読み切り評判いいよ。連載にしようかって話が出てるんだ」
「本当ですか。やった!」
高木はすぐに思った。
きょうは、幕の内の松にしよう!

千円札を握りしめ、勇んで買いに行くと、弁当屋の前に高級な外車が停まっている。
すげーな。デラックス幕の内でも買いに来たのかな。
そう思っていると、看板娘のあの子がいつになく着飾って出てきた。
「お待たせしました」
よそ行きの声の彼女が、微笑みながら車に乗り込んだ。
弁当屋に不似合な外車が、スマートに走り出し、高木の横を通り過ぎた。
彼氏か…。そうだよな。あんなかわいい子に彼氏がいないわけがない。
うなだれながら高木は帰った。今夜はカップ麺でいいや。

それからしばらく、弁当屋へ行かなかった。
彼女のことがショックだったのもあったが、初めての連載が決まって、高木は急に忙しくなった。

高木は数週間後、久しぶりに弁当屋に行った。
「いらっしゃい。あら、久しぶりですね」
彼女の笑顔は、心なしか少し淋しげだった。
「梅ですね」
「いや、今日は、松にしようかな」
高木はそう言って、千円札を出した。
「毎日梅だと飽きるからさ、たまには贅沢しなきゃ」
彼女はクスッと笑いながら松の弁当を詰めた。
「はい、780円なので、220円のお釣りです」
いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふっとため息をついた。
「松のお弁当も、毎日食べると飽きるものよ」
「?」

彼女は金持ちの御曹司に見初められて、つきあい始めた。
しかしデートの度に豪華なディナーやパーティ。
ブランドで身を固めたセレブの友人たち。会話は全く意味不明。
自分らしさを出せぬまま、彼女は御曹司と別れてしまったのだ。

そんなことはつゆ知らず、高木は松の弁当を食べながら思った。
「梅の方が好きかも」

高木は翌日、500円玉を握りしめ、弁当屋へ行った。
「いらっしゃいませ。今日は松竹梅どれにする?」
「梅にする。やっぱり俺には梅がいちばん合ってる気がする」
そう言って500円を差し出す高木に、なぜか不思議な安心感を覚える彼女であった。
「15円のお釣りです」
いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふと思った。
「わたし、この人のこと、わりと好きかも」

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-07-12



7月14日(木)08:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

開かずの信号

 [ファンタジー]

村のはずれの信号は、いつも赤だ。
青になることも黄色になることもない。
そもそも車が通らない。だから信号が赤でも青でも関係ない。

あるとき、若い男が、どういうわけかこの村に迷い込んだ。
彼はひどく疲れていた。
クレーム対応に追われ、あちこち謝罪に回った帰り道だ。
「道を間違えた。参ったなあ。ここはどこだろう」
村はずれの信号が赤だったので、男は止まった。
信号はずっと赤のままだ。
「長いな、この信号」
そう思いながらも、男は待っていた。
車は1台も通らない。いっそ信号無視で行ってしまおうか。
いやいや、行った途端に人が飛び出してくるかもしれない。
陽がくれて見通しが悪い。

そのとき、腰の曲がった老婆が横断歩道を渡ってきた。
やはり止まっていてよかったと男は思った。
老婆は男の車に近づき、ニコニコ笑いながら窓を開けるように言った。
「ほら、晩ご飯だよ。お食べ」
老婆が、おにぎりとお茶を持ってきた。
「え?」
「冷めないうちに食べな」
男は腹が減っていたので、遠慮なく食べた。
「う、美味い。美味いです、これ」
顔を上げると老婆はもういなかった。
久しぶりのちゃんとした食事を終えても、信号はまだ赤だ。

痩せた老人が近づいてきて、「一局どうだね」と、将棋を指す身振りをした。
「将棋か。ガキの頃よく親父の相手をしたな」
路肩に縁台と将棋盤が用意されている。
男は車を下りて老人と将棋を指した。
「若いの、なかなかやるな」
「待ったなしだよ。おじいさん」
そこに、さっきの腰の曲がった老婆が、蚊取り線香とスイカを持ってきた。
「ほら、勝負はひとまずおあずけだ。スイカをお食べ」

遠慮なくスイカにかぶりつくと、ちらちらと小さな灯りが見えた。
「ホタルだよ」
老婆がうちわで蚊を追いながら言った。
「ホタル?初めて見た」
儚い光が、懸命に生きている。光がにじみ、泣いていることに男は気づいた。

なんていい夜だろう。
男は子どもの頃、田舎の祖父母の家で過ごした夏を思い出した。
優しい風に身をゆだね、このまま眠りたいと、男は思った。

プップー!
けたたましいクラクションが鳴った。
はっと気づくと、信号が青になっている。
後ろの車がせかすようにクラクションを鳴らしていた。
男はいつのまにか眠っていたようだ。
信号待ちの間に眠るなんて、よほど疲れていたんだな……。
男は苦笑いしながら、車を発進した。
散々迷った道は、不思議なほどすぐに大通りに出た。

夢だったのか。いい夢だった。
今の仕事が一段落したら、少しまとまった休みを取ろう。
久しぶりに田舎のじいちゃんとばあちゃんに会いたくなった。
心がずいぶんと軽くなった。
男がズボンに張り付いた、スイカの種に気づくのは、もう少し先のことだ。

ところで、村のはずれの信号は、また赤信号に変わったままだ。
ふたたび疲れた誰かが通るまで、信号が変わることはない。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-07-02


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信号の仕組みはどうなってるんだろう?
心を測るセンサー?なんて思わず考えました。

こんな信号があれば 追い詰められて自殺願望
が減りますね。

ほんとにこんな信号があればいいな~と思いました。

題名は開かずの信号ですが
センサーでキャッチしたときだけ
次元の扉が開いて空間ごと瞬間移動して
異次元を通って
この不思議な村の信号場面に来るとか?
そんな想像をしてみる心あたたまるお話しです。(^ω^)



7月4日(月)08:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー

ミス白雪姫 [名作パロディー]

白雪学園高等部では、毎年恒例の『ミス白雪姫コンテスト』を迎えようとしている。
目下2連覇の白雪姫子は、3年生の生徒会長。
美人で頭がよく、しかも理事長の孫娘であった。
「今年もわたくしがミスの座を射止めますわ」

姫子は鏡を見ながらいつも問いかける。
「この学園で、いちばん美しいのは誰かしら?」
「はい、もちろん姫子さんです」
鏡が答えるわけはなく、取り巻きの生徒会役員が代わりに答えるのである。

そんなある日、姫子が廊下を歩いていると、
「小雪ちゃん、めっちゃ可愛いよな」
「見つめられただけでメロメロだよ」
と話す男子学生に遭遇した。
「ちょっとあなたたち、小雪って誰ですの?」
「1-Eに編入してきた白浜小雪だよ。色が白くて目が大きくて、唇がふっくらで超カワイイ!」
これはうかうかしていられないと、姫子は1-Eの教室に向かった。

「ちょっと、白浜小雪さんってどなたかしら」
ざわめく教室で、ひときわ輝く美少女が立ち上がった。
「生徒会長どの。拙者が白浜小雪でござる。以後お見知りおきを」
小雪は、時代劇で日本語を学んでいる帰国子女であった。
「変わった方ね。まあいいわ。あなた、ミス白雪姫コンテストに出場する気はあって?」
「何でっか?白雪姫コンテストゆうのは」
小雪は、上方落語でも日本語を学んでいた。
「学園一の美女を決めるコンテストですわ」
「そんなもん出るかいな。興味あらへんわ」
「あらそう」
「だいたい女性をランク付けするなんざ、許せねえ。たとえお天道様が許しても、この白浜小雪が許さねえ」
「つくづく変わったお方」

姫子が背を向けると、クラス中の女子が呼び止めた。
「生徒会長、小雪ちゃんの言うことはもっともです。どうして女性だけをランク付けするんですか?」
「それなら男子もやりましょうよ。ミスタープリンスコンテストなんてどうですか?」
「あ、それいい。ミス白雪姫とミスタープリンスはカップルになって壇上でキスするの」
「キャー、それ素敵。やりましょう、生徒会長」

ミスタープリンス?
姫子は考えた。ミスタープリンスといえば、間違いなく2-Aの王子君だ。
王子君と壇上でキス?胸キュンの少女漫画みたいだ。
「やりましょう」

ということで、今年はミス白雪姫とミスタープリンスコンテストが行われることになった。
姫子は立候補。小雪は多くの推薦を受けて出場することになった。
「本場ベルギーのチョコレートよ。さあ召し上がれ。これを食べた方は、白雪姫子に投票なさってね」
姫子が着々と根回しをする中、小雪は何もしなかった。
相変わらず時代劇と上方落語で日本語を学ぶ毎日であった。

コンテスト当日、思った以上に小雪が優勢であることを知った姫子は、取り巻きたちに命令して、小雪を初等部の体育倉庫に閉じ込めた。
会場にいなければ棄権とみなされるからだ。
「てめえら、こんなことしてただで済むと思うなよ。叩き切ってやる!」
どんなに叫んでも、外から鍵をかけられて開けることが出来ない。

一方、ミスタープリンス間違いなしの王子君は、日課であるジョギングをしていた。
彼はサッカー部のエースなので、日々体を鍛えているのである。
初等部の前を走っていると、7人の小学生が体育倉庫の前で困っていた。
「君たちどうしたんだい?」
「あのね、この倉庫の中に誰かいるみたいなの。だけど鍵がなくて開けられないの」
「職員室にも鍵がないんだ。だからね、僕たち石で鍵を壊そうとしていたの」
「ふーん。南京錠か。よし、おにいさんが壊してあげよう。子供じゃ無理だよ」
王子君は大きな石を振り下ろして鍵を壊した。
中には、泣き疲れた小雪がマットの上で寝ていた。
「お姫様みたい」「めっちゃきれいな人」
「この人、1年の白浜さんだ。たしかコンテストに出ていたな」
王子君はようやく、コンテストのことを思い出した。そうだ、俺も出ていたんだ。

コンテスト会場では、投票が終わり、発表が始まった。
「ミスタープリンスは、圧倒的な得票数で、2-Aの王子君です」
「すみません。王子君はトレーニング中です。もうすぐきます」
姫子が「もう少し待ってあげて」と言ったものだから、しばらく中断となった。

「遅くなりました」
爽やかな笑顔で王子君が走ってきた。
その後ろにぴったりと寄り添う白浜小雪。手までつないでいる。
「あ、ちょうどよかった。改めて発表します。ミスタープリンスの王子君、そして、ミス白雪姫の小雪ちゃんです」
拍手喝采で迎えられたふたりに、姫子の怒りはマックスになった。
「何よ、遅れてきたくせに。無効だわ」
手を振りあげた瞬間、体育倉庫の鍵が落ちた。
すべての悪事がばれた姫子は、祖父である理事長に、こっぴどく叱られることになる。

「さあ、ミスとミスター、壇上でキスを」
「あっ、おれ、もうしちゃった」
「え?」
「寝顔があまりにも可愛かったから」
まさに王子様のキスで目覚めた白雪姫だ。

「白浜小雪さん、ひとことお願いします」
「ごっつあんです」
相撲でも日本語を学んでいる小雪であった。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-06-28



6月30日(木)04:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

早起きは三文の徳

リンのショートストーリーより



「ひろき、散歩に行くぞ」
じいちゃんに無理やり起こされた。
「なんだよ、まだ5時半じゃないか」
「早起きは三文の徳っていうじゃないか」
「なんだよ、それ。昔のお金?いくらだよ」
「わしも知らん」

半分寝ぼけながら、じいちゃんについていく。
じいちゃんは昼寝が出来るからいいけど、僕は中学生だぞ。
授業中に居眠りしたらどうするんだよ。

まだ早朝なのに、歩いている人は意外と多い。
「おはよう、あら、若いのに早起きでえらいわね」
大概の人が笑顔で僕に声をかけていく。
「ほらね、ひろき、いいことあるだろう?」
「別に、得した気はしないよ」
「早起きすると、ご飯がおいしいぞ」
「僕はいつ食べたっておいしいよ」

走っている人もいる。
「朝からあんなに汗かいて嫌じゃないのかな」
「わしも昔はよく走ったさ。今じゃ足腰が弱ってかなわん」
「いや、じいちゃん、僕を叩き起こすくらいだからまだ元気だよ」
「ははは、ひろきと歩くのも久しぶりだな」
「まあ、たまには付き合ってやるよ」

じいちゃんの散歩コースを一周して家に帰ると、お母さんが朝ご飯を作っていた。
「あら、ひろき早起きね」
「じいちゃんに無理やり起こされた」
「あらあら、毎朝じいちゃんに起こしてもらおうかしら」
お母さんは笑いながらおかずを並べた。

「あれ?じいちゃんは?」
「ソファーで寝てるわ」
「なんだよ。まったく人を突き合わせておいて二度寝かよ」
「いいじゃないの。早起きは三文の徳よ」
「だから、それいくらだよ」
「ふふ、文句言いながら、もう3杯目よ」
「まあ、たしかにご飯はうまいな」

学校へ行くと、憧れの美咲ちゃんが話しかけてきた。
「ねえ、ひろき君、今朝歩いてたでしょう」
「え?どこかで会った?」
「うちの前を通ったのよ。ずいぶん早起きなのね」
「あ、そうなんだ」
「ねえひろき君、今度うちに遊びに来ない?」
うわ!すごい展開。やっぱりいいことあった。三文の徳ってやつ?

僕はじいちゃんに報告したくて、帰宅後いきおいよくドアを開けた。
「ただいま!」
リビングでお母さんが、目を真っ赤にして泣いていた。
見るとソファーで、じいちゃんが静かに息絶えていた。
「買い物から帰ったら冷たくなっていたの。寿命だったのよ」
僕は力が抜けて座りこんだ。
「きっと最後にひろきとお散歩したかったのね」
お母さんはそう言って涙を拭った。

ゴールデンレトリバーのGちゃんは、僕が生まれたときにはすでに家にいた。
だからずいぶんと年寄だ。
兄弟みたいに育ったから心が通じ合っていると思っていたけど、僕はGちゃんの寿命に気づかなかった。
ごめんね、Gちゃん。

Gちゃんに教えたかったな。
憧れの美咲ちゃんがすごい犬好きで、今度、飼ってるヨークシャテリアを見せてくれるんだ。
Gちゃんも一緒に行きたかったね。

僕は、Gちゃんのきれいな毛並みをそっと撫でた。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-06-21



6月25日(土)08:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

未来の怪談

サダコ2号 [コメディー]
http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-06-04

「充電シテクダサイ、充電シテクダサイ」
ええ?もう電池切れ?バッテリーが弱っているのかしら。
お料理の途中なのに困ったわね。料理を作り終えてからにしてほしかったわ。

家政婦ロボットの『サダコ2号』は、結婚した時に嫁入り道具で母が持たせてくれたもの。
当時は最新型で、料理のレパートリーの多さに目を見張った。
掃除も洗濯も完璧だったのに、最近はどうも動きが鈍くなってきたみたい。
10年も経っているんだから仕方ない。

サダコ2号を充電しながら、思わずため息。
この10年、いろいろあったな。
子供が生まれて、育児ロボットをレンタルしたら、姑に嫌味言われたな。
「育児をロボットにやらせるなんて、まあ今どきのママは楽でいいわねえ」
平成生まれは頭がかたいわね。なかっただけでしょ、ロボットが。

結婚7年目、夫の浮気が発覚。
「彼女の料理が美味しくて、胃袋つかまれちゃった」だってさ。
なによ、最新型の家政婦ロボ「マリア5号」が作る料理よ。
洋食が好きなら言いなさいよ。
結局離婚したわ。夫はサダコよりマリアを選んだ。
それだけのことよ。

「ママ、おなかすいた」
「あらジュリちゃん、今サダコ充電中なのよ。もう少し待ってね」
「また充電?もう新しいの買ったら?」
「そうなんだけどね、10年も使っていると愛着が…」
「この前、本棚に食パンが入ってたよ」
「あら、そういえば電子レンジに靴下が入っていたことがあるわ」
「もう寿命だよ」
「でもねえ…」

「ママ、サダコから煙が出てる!」
「まあ大変。サダコ、大丈夫?」
サダコはショート寸前で、途切れ途切れの言葉を発した。
「オク…サマ…、モウ限界デス…。今マデオ世話ニナリマシタ」
「サダコ!」
10年もわたしを助けてくれたサダコ。お礼を言うのはわたしの方よ。
ありがとう、ありがとう。

サダコと涙のお別れをした翌日、新しいロボットが届いた。
「奥さん、実に運がいい。なかなか手に入らない最新型ロボットが手に入りましたよ。その名も『主夫ロボット蒼汰1号』です。
「あら、カッコいい」「すごいイケメン」

蒼汰は、仕事はちょっと雑だけど、見ているだけでキュンキュンするの。
「あたし友達に自慢しよう」
「一緒にショッピングに連れて行こうかしら」
「よかったね。サダコがちょうどいいタイミングで壊れてくれて」
「そうね。サダコは、仕事は完璧だったけど、見た目が地味で暗かったもんね」
「それに比べて蒼汰は超さわやか」
「ジュリちゃん、なんだか最近おしゃれじゃない?その服、よそ行きでしょ」
「ママこそ化粧が濃くない?」
「ああ、本当によかった。サダコが壊れてくれて」

「あれ?ママ、テレビのモニターが急に暗くなったよ」
「まあ、買ったばかりの15Kテレビなのに」
「あ、なんか映った」
「…なに?井戸?」
「なんか出てきた。長い髪に白いエプロンドレス。こっちに来るよ」

「……サダコ」



6月8日(水)05:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリーより

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-05-04

お子様ランチ卒業式

パパと会うのは、いつも同じレストラン。
ピンクのテーブルクロスの真ん中に、可愛いキャンドル。
パパとママが仲良しだったころに、3人で行ったレストラン。
わたしはいつもお子様ランチを注文した。
小さなハンバーグとエビフライ。ニンジンは星の形で、ハートの容器に入ったコーンサラダとリンゴのゼリー。
プレートには夢がいっぱいで、パパとママも笑顔がいっぱいだった。

パパとママが離婚して、4年が過ぎた。
ママと暮らすことになったわたしは、月に一度パパと会う。
いつも同じレストランなのは、わたしがこの店のお子様ランチが好きだから。
…と、パパが思い込んでいるから。

正直もう、お子様ランチを食べるほど子供じゃない。
焼肉やお寿司の方がずっと好き。
だけどパパが嬉しそうにお子様ランチを注文するから、言えずにいる。
「ユイ、学校はどうだ」
「うん、まあ、ふつう」
「ふつうってなんだよ。いろいろ教えてくれよ」
パパの話はいつも同じ。ちょっとうんざりする。
「好きな男の子はいないのか」
うざい。いたとしても言うわけないでしょう。
そろそろ月に一度じゃなくて、3か月に一度、もしくは半年に一度くらいでいいかな…と思う。

食事も終わりに近づいたころ、パパが急に神妙な顔をした。
「ユイ、じつは今日、ちょっと話があってさ」
「なに?」
「うん、じつはパパ、再婚することになって」
はにかむような顔で、パパが言った。
「もちろん、再婚してもパパはユイのパパだ。何も変わらない。だけど、再婚相手の女性には、8歳の女の子がいてね」
「8歳…」
パパとママが離婚したときの、わたしの年齢。
「うん。だから、パパはその子の父親になる」
「ふうん」
「ちょっと体の弱い子でね、空気がきれいな田舎に引っ越して、一緒に暮らすことになったんだ」
「ふうん」
「だから、その…、今までのように、ユイに会えないかもしれない。いや、もちろん、ユイが望むなら、パパはいつでもユイの力になるよ。でも、月に一度の面会は、ちょっと無理かもしれない」
ふうん…。

「いいよ。わたしも中学受験で忙しくなるし、ちょうどよかった」
「中学受験するのか。大変だな」
「べつに、ふつうだし」
「またふつうか。今どきの子はふつうが好きだな」
パパが笑った。

「デザート食べるか?」
「いらない。わたし、コーヒーがいい」
「コーヒーなんか飲むの?」
「うん。家でママと飲んでるよ。甘いジュースより、ずっと好きだもん」
「そうか。もう、お子様ランチも卒業だな」
パパは、少し寂しそうに笑った。

強がって飲んだコーヒーは、やっぱり苦かった。
それでも精一杯大人のふりをした12歳のわたし。
なんとなく寂しくて、なんとなく悔しくて、「おいしかった」と言えなかった。
最後のお子様ランチだったのに。

街は鮮やかな緑であふれ、手作りのこいのぼりをかざした子供が通り過ぎた。
迎えに来たママに見られないように、帽子でそっと涙を隠した。
パパと過ごした最後の日、わたしはお子様ランチを卒業した。



5月5日(木)07:04 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリーより

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-03-21

桃色ノ空 [ファンタジー]

桃の花がきれいに咲いたわ。
お空の上から見えるかしら。

毎年3月になると、桃の木の下に集まって、お弁当を広げた級友たち。
ひとり減り、ふたり減り、そしてとうとう、みんな空へ行っちゃったの。
「逢いたい」と手紙を書いて、桃の枝にくくりつけた。

わたしから逢いに行くことは出来ないの。
だって可愛いひ孫も生まれたし、犬のマリリンもいるんだもの。
だからね、出来ることならそちらから、逢いに来てはくれないかしら。

翌朝のこと、マリリンとお散歩に出たら、枝の手紙が消えていたの。
あら、もしかして、お空に届いたのかしら。

マリリンが珍しくワンワン吠えた。
見ると、桃の木の下で4人の級友が手を振っていた。

「おハナちゃん、早くいらっしゃい」
「あらみんな、やっぱり逢いに来てくれたのね」
昔みたいに5人そろって、桃の花を見上げたの。
「美しいわ」
「なんて素敵な青空かしら」

わたしたちは、いつの間にか少女になって、コロコロと笑った。
笑い声は雲になって、いつまでも浮かんでいたわ。
ああ、楽しい。


「……おばあちゃん、おばあちゃん」
肩をゆすられて目を開けたら、心配そうな孫の顔。

「帰りが遅いから迎えに来たの。こんなところで寝たら風邪ひくわ」
ああ、夢だったのね。楽しい夢だったわ。

木の枝には、手紙があった。空に届くわけがないわよね。
だけどちょっと不思議。私がくくりつけた枝と、違う場所にそれはあった。
背伸びして手紙を取って開けてみた。

『また来年あいましょう』

あら、まあ。
見上げた空は、桃色の空。
ピンクの頬の級友たちが、雲の上で笑ってた。



3月29日(火)07:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー より

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-02-27

身代わり雛 [ファンタジー]

お雛様には、不思議な力があるのです。
最初にそれを知ったのは、一人娘の桃香が小学生のときでした。

2月のよく晴れた日に、お雛様を飾りました。
三段のひな壇に人形を並べると、家の中が華やかになりました。
一気に春が来たようです。

飾ったときは何ともなかったのですが、一息入れようとお茶を飲んでふと見ると、お雛様の手が曲がっています。
「おかしいわね。さっきまで曲がっていなかったわ」
不思議に思っていると、桃香が学校から帰ってきました。
手首をさすっています。
「どうしたの?」
「そこで転んだの。へんなふうにひねっちゃったけど、もう大丈夫」
桃香の手は、少しコンクリートで擦った跡がありましたが痛みはないようです。
私は思いました。
もしかして、お雛様が身代わりになってくれたのではないかと。
そんな話をおばあちゃんから聞いたことがありました。
人形が、子供を守ってくれるという言い伝えです。

その後も、不思議なことは続きました。
自転車で転んで額に傷が出来たときも、いつのまにかきれいに消えていました。
代わりにお雛様の額に、深い傷がついていたのです。
指にやけどをした時も、お雛様の指が赤くなり、桃香の指に跡が残ることはありませんでした。

そんなふうにお雛様に守られながら、桃香は大人になりました。
18歳になり、東京の大学に行った桃香は、家を出て一人暮らしを始めました。
心にぽっかり穴が空いたようでした。
その時から、私はお雛様を飾らなくなりました。

そして去年、桃香は東京で知り合った人と結婚しました。
大学を卒業したばかりでした。
早すぎると、夫も私も反対しましたが、桃香の気持ちは変わりませんでした。
もうこの家で一緒にお雛様を飾ることはないのだと、少し寂しくなりました。

ちゃんとやっているのかしら。
親の気も知らずに、桃香はあまり帰ってきません。
時々電話をしても、「心配しないで」とすぐに切られてしまいます。

春が近づいてきました。
私は、ふと思いついて、お雛様を出してみました。
娘がいなくても、ひな祭りを楽しもうと思いました。
私も昔は女の子だったのですから。

押し入れから出したお雛様を見て、驚きました。
お雛様は傷だらけでした。
あちらこちらに傷があり、唇の端が切れて血のように赤くなっています。
泣いているような目で、私を見ました。
はっとしました。
私は、取るものも取り合わず、東京へ向かいました。

突然訪ねた私に、桃香は戸惑いを隠せませんでした。
桃香の夫はなおさら動揺しました。
そのはずです。桃香の顔は、たった今殴られたように腫れていました。
体にもたくさんの痣がありました。
DVです。真面目そうに見えたこの男に、桃香はずっと怯えていたのです。

私は、桃香を連れて帰りました。
感情を失くしたようにうつむいていた桃香は、傷だらけのお雛様を見て泣きました。
子供のように泣きじゃくりました。
桃香の痣が、だんだんにお雛様に移り、お雛様はまっ黒になりました。
「ごめんね、ごめんね」

私は桃香の背中をゆっくりさすりました。
「来年は、一緒に飾ろうね。お雛様」
桃香はまっ黒になったお雛様を抱きしめて、小さく頷きました。



3月5日(土)18:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

lりんのショートストーリーより

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-01-09

視線上のY [公募]

私の夫は、姉の婚約者だった。
略奪愛と呼ばれる私たちの恋愛は、双方の家族にとっては殺人よりも重罪だ。
激しい非難を受け、理解されぬまま、家族も故郷も捨てた。

夫とふたり、遠くの町でゼロからのスタート。
夫は小さな町工場で働き、私は近くのスーパーで働いた。
生活の何もかもが変わったけれど、ふたりでいれば幸せだった。

あるとき、Yの視線に気づいた。
Yは、近所に住む四十代の主婦で、何かを感じて振り向くと、必ず私を見ている。
ぞくっとした。その目は、私たちを軽蔑して非難した家族の目に似ていた。 
「ご主人とは、どこで知り合ったの?」
ゴミ捨てのついでに行われる井戸端会議で、誰かが私に話しかけた。
「合コンです」と答えた。早く話を切り上げるために用意した答えだ。
「あら、今どきの若い人は、そうよねえ」
数人がクスクス笑う中、またあの視線を感じた。
Yが、こちらを見ている。
唇をゆがめ、蔑むような、憐れむような視線を向けている。
やはりこの人は、私たちのことを知っている。

主婦たちの輪を抜けて、急いで家に帰り、夫の胸にすがった。
「私たちのことを知っている人がいるわ」
「まさか。こんな町で」
「三軒先のYさんよ。あの人、お姉ちゃんの知り合いかしら。怖いわ」
「落ち着いて。僕たち、何も悪いことをしてないよ。出会ったのが遅かっただけだ」
夫が優しく背中を撫でてくれた。少し気持ちが楽になった。

出会いは、姉の婚約パーティだった。
パーティと言っても親族だけのホームパーティで、私は初めて会った彼に、信じられないほどの運命を感じてしまった。彼の方も同じだったらしく、私たちは急激に恋に落ちた。
私たちの関係を知った姉は、大きな目に涙をためて、「どうして?」と繰り返した。
「どうして、どうして」と狂ったように叫び、どんなに視線を外しても、姉の目はどこまでも私を追いかけた。責めるような、蔑むような、憐れむような目だった。

木枯らしが吹き始めた。この町に来て、初めての冬だ。
仕事を終えて帰ると、アパートの前にYが立っていた。
「あら、お帰りなさい」
不審に思いながらも、ぺこりと頭を下げた。
「何か御用ですか」
「これ、ちょっと作りすぎちゃったからおすそわけ。レバーは嫌いかしら?」
タッパーに入った黒い物体。レバーを甘辛く調理したものだとYは言った。
私は、急に吐き気を感じてYを振り払って家に入った。

「待って、奥さん。私、知ってるのよ」
背中にYの声を聞いた。やっぱりYは、私たちのことを知っている。
レバーは夫の好物で、姉がよくこんな料理を作っていた。
家族や姉の目から逃げて、こんな遠くまで来たというのに。
西陽が差し込む狭いキッチンで、私は肩を震わせてしゃがみこんだ。

それから、体調のすぐれない日が続いた。外に出るのが怖い。Yの目が怖い。
Yは密かに姉と連絡を取っているかもしれない。
『あんたなんか、絶対幸せになっちゃいけないのよ』
Yの目と、姉の目が交互に現れる。
『家族にも世間にも背いた人が、平穏に暮らせるはずがないでしょう』
目眩がして、このところ寝てばかりだ。
最初は優しかった夫も、散らかった部屋でうんざりしたようにため息をつく。
「僕だって慣れない仕事でくたくたなんだよ」
苛立ちながら洗濯物を取り込む。ごめんなさい。
こんなはずじゃなかったのに。きっと罰が当たった。
私は暗い部屋で、ただただ泣いていた。

いくらか暖かい午後だった。隣の奥さんが、回覧板を持ってきた。
「顔色悪いわね。大丈夫?」
優しい言葉にも、ただ頷くだけだ。
「そういえば、Yさんに聞いたんだけど……」
ぎくりとした。もう終わりだ。Yはきっと近所中にふれ回った。
私が姉の恋人を奪った恐ろしい女だと。
姉の目が、こんな遠い町まで追いかけてきた。
ふらふらと倒れそうな身体を隣の奥さんが支えてくれた。

「やっぱりあなた、妊娠してるのね」
「妊娠…?」
「Yさんが言ってたの。あの人、子だくさんだから、そういうのわかるのよ。ずいぶん心配してたのよ。貧血じゃないかって」
妊娠……。そういえば思い当たる節がある。
大きく息を吐いて、お腹に手を当ててみた。小さな温もりを感じた。
顔を上げたら、冬の日差しに洗濯物が揺れていた。
三軒先のベランダで、Yさんが優しい瞳で私を見ていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

りんさんの ショートストーリーは、
ほっこりして 後味がいいので好きです。

(^.^)



1月11日(月)09:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー より

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-01-06

天使のお年玉 [ファンタジー]

あけましておめでとうございます。

お正月だけど、なんだか暖かいわね。まるで春だわ。
…と思ったら、空から白いものがふわりと落ちてきた。
え?まさか雪?
手のひらにのせても溶けない。
とても甘い匂いがする。おいしそう。
口に入れたら舌の上でほろりと溶けて、何とも言えない上品な甘さが広がった。
「おいしい。もっと食べたい」
上を見たら、羽根のある小さな生き物がしくしく泣いている。

「もしかして天使?なぜ泣いているの?」
「神様からもらったお年玉を落としちゃったんだ」
「どんなお年玉?」
「ふわふわした甘いキャンディだよ。知らない?」
「さ…さあ?知らないわ」
困った。まさか食べちゃったなんて言えない。

「神様に、もうひとつもらえばいいじゃない」
「だめだよ。お年玉はひとり一個だもん」
「神様なのに意外とケチね。お年玉がアメ玉一個なんて」
「ただのキャンディじゃないもん。食べたら願いが叶うキャンディだもん」
「え?そうなの?」
「世界平和を願おうと思ったのに」

正月早々縁起がいいわ。
だって食べた私の願い事が叶うってことでしょ。
世界平和も大切だけど、やっぱり彼氏が欲しいな。
それとも、一生贅沢できるお金にしようか。
ゲットし損ねたブランドの福袋も捨てがたい。
「ねえ天使さん、もしもキャンディを食べたとしたら、どうやって願いを叶えるの?」
「願い事を3回唱えるの。大きな声でね。まさか君、食べたの?」
「ま、まさか。興味本位で聞いただけよ。雪みたいなキャンディなんか知らないわ」
「雪みたいなキャンディなんて言ってないけど。あやしいな」
ヤバい。逃げよう。

「待ってよ。ねえ、本当に食べてない?ぼくのキャンディ」
「知らないってば」
「ねえ、食べたなら世界平和って3回唱えてよ。たのむよ」
「いやよ。だって私、欲しいものがいっぱいあるんだもん」
「やっぱり食べたんだ。ねえ、変なお願いしないでよ。神様に怒られちゃう」
ああ、もうウザい!このちび天使、追い返そう。

「あの、天使さん、私忙しいからもう帰って」
「え?」
「もう帰って」
「え?」
「もう帰って!」
あっ、消えた。さて、じゃあ、願い事を…はっ、しまった。
「帰れ」って3回唱えちゃった!

『やれやれ。人間は欲深いな。あ、そこのあなた。もしも白くてふわふわした雪みたいな甘いキャンディが落ちて来たら、世界平和を願ってね』


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1月11日(月)09:38 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー

そら君のお仕事 [競作]

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2015-05-03

僕は「そら」。
人間界では、ネコっていう分野に属しているんだ。
北海道っていうところに住んでいて、ご主人様は「はるさん」だよ。

「そら君ったらまたキーボードで寝てる。パソコン出来ないじゃん。もう!ふて寝してやる」
やれやれ、はるさん、また寝ちゃったよ。
さて、はるさんが寝たところで、ひと仕事さ。

カシャカシャカシャ。
すごいでしょ。僕、ブラインドタッチも出来るんだよ。
動画を作るのもお手の物。
ミュージックは、その日の気分で。
カシャカシャカシャ。

「あ、ちょっと寝すぎちゃった。春ってホントに眠いわ。ブログアップしなきゃ。まずは動画を…あれ?出来てる。音楽も…いい感じに仕上がってる。あれ?あたしいつの間に作ったんだろう。寝てる間に幽体離脱?それとも超能力?いずれにしても、あたし天才かも」

はるさん、本当におめでたい人だな。
いつもね、僕が作っているんだよ。
「にゃ~♪」
「あら、どうしたの、そら君。なに甘えてるの?かわいいなあ。そうだ!写真撮ってブログにアップしよう」

よしよし。作戦成功! これでまたアクセス数が増えるぞ。
僕、人気者だから。
色んなポーズでキメテやる。

はるさんが、コーヒー飲んでる間に、僕はもうひと仕事。
カシャカシャカシャ。
『こちら、コードネーム:クリスタルスカイ。ネコブログ増進プロジェクト、順調にゃり。世界中がネコブログ一色になる日は近いにゃり』

「あ~、そら君またキーボードで寝てる。可愛いからいいか」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

うちのたまも キーボードを枕にして寝てます。が、
PCにはとんと興味なしで、キーボードは たまの歩道だよ。(^.^;)



5月10日(日)09:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー

カエルのプロポーズ [ファンタジー]

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2015-04-27

山のみどりは、見るたびあざやかになります。
五月は、ほんとうにいい陽気です。

ふもとでは、田植えがさかんに行われています。朝から日が暮れるまで大忙しです。
「あ~あ、いい天気なのに遊びにも行けない」

一郎さんは、肩をぽんぽんとたたきました。
ぎっくり腰になったお父さんのかわりに、ひとりで田植えをしているのです。

「おや一郎、精が出るね」
近所のおばあさんが、通りかかるたびに声をかけます。そして必ず、
「早く嫁さんをもらいなよ」
と言うのです。そのたび一郎さんはためいきをつきます。

「この村に、若い女なんかいねえべ。ばあさんばっかりだ」

一郎さんは疲れたのでひと休みして、おにぎりを食べることにしました。
畦道の草むらに腰をおろし、おにぎりの包みを広げました。
塩だけでにぎった丸いおにぎりです。この塩むすびが、一郎さんは大好きです。

ふと、誰かに見られているような気がして横を向くと、一匹のカエルが一郎さんの肩にのっています。

おにぎりをじっと見ています。

「めんこいカエルだ。おにぎり食うか?」
一郎さんは、ごはんをひとつぶカエルの口に持っていってあげました。
カエルはぱくりと食べました。

「カエルもごはんを食べるんだなあ」

一郎さんが感心していると、「もっとちょうだい」と小さな声がしました。カエルがしゃべっていたのです。

「ああ、たまげた。おまえ、しゃべれるのか」
「ええ、だってわたし、元は人間なんだもの」
「どういうことだ?」

カエルは、きのうまで人間の女でした。カメラ片手に日本各地を旅して、この村に立ちよったのです。
きれいな風景に感動して、夢中で写真をとっていたら、水をはった田んぼに、どぼんと落ちてしまったのです。

「やっとの思いではい上がってきたら、カエルになっていたの」
「そんなバカげた話があるもんか」
「本当なのよ。あたし、水にうつった自分の姿を見て、気を失いそうになったわ」
「そりゃあ、そうだろう」
「だけどカエルになったって元は人間でしょう。おなかがすいても虫なんか食べたくないし、困っていたらあなたのおにぎりが、きらきらかがやいて見えたの」
「そうかそうか。じゃあどんどん食え」

一郎さんは、ごはんつぶをふたつ、みっつ、カエルの口に持っていきました。

「おいしいわ。こんなおいしいごはん、初めて食べたわ」
「そうか。米なら売るほどあるから好きなだけ食え」

「わたし、人間に戻れたら、あなたのお嫁さんになってあげるわ」
一郎さんは、カエルのプロポーズに思わず笑いました。

「ははは、カエルに言われてもなあ」
「笑うなんてひどいわ。わたし本気で言ったのに。いいわよ。どうせわたしなんて、ヘビに食べられてしまうんだわ」

カエルは怒って、一郎さんの肩からぴょんと飛びました。
「まてまて」
本当にヘビに食べられては大変です。一郎さんは立ち上がってカエルを両手でつかまえました。

そのとたん、バランスをくずして田んぼの中にドボーンと落ちました。

「ああ、せっかく植えた苗がだいなしだ」
一郎さんはどろんこになって立ち上がりました。うしろからカエルの声がしました。
「あたしも手伝うわ」

「カエルに手伝ってもらってもなあ」
と言いながら一郎さんがふり向いたら、そこには同じようにどろだらけの若い娘が立っていました。

「あなたのおかげで、人間に戻れたみたいよ」

娘は顔のどろをぬぐいながら、にっこり笑いました。
その笑顔は五月の風のようにさわやかで、五月の光を集めて咲くツツジのようにあでやかでした。
「あの、さっきのプロポーズだけど」

しどろもどろになりながら、一郎さんがたずねると、娘は大きくうなづきました。

「もちろん本気よ。あんなおいしいごはんが毎日食べられるなら、あなたのお嫁さんになるわ」

通りかかったおばあさんが、どろだらけのふたりを見て言いました。
「一郎、いつの間に嫁さんもらったんだ?」

「たった今だ」

見つめ合うふたりを祝福するように、きそく正しく並んだ苗が、やさしくゆれていました。



4月29日(水)18:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー

命の神様 [ファンタジー]

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2015-04-09

たくさんの蝋燭に炎が揺れている。
それらを見守るように、命の神様が立っていた。
そこにひとりの男がやってきた。

「神様、お願いです。僕の寿命を延ばしてください」
「いきなり何だ!ここは生きてる人間が来るところじゃないぞ」

「実は3年前に亡くなった母が、枕元に現れて言ったんです。僕は10日後に死ぬと。みすみすおまえを死なせたくないと、母は言いました。命の神様のところに行って、寿命を延ばしてもらうようにお願いしなさい、と。それで、母がここに連れてきてくれました」

男は自分の蝋燭を探した。それは儚い炎で、今にも消えそうだった。

「神様、僕はまだ35歳です。結婚もしてないし、もっともっと生きたいです」

うーん。そうは言っても決まり事だ。ひとりだけ特別扱いは出来ない。…とはいえ、その親心にはいたく感銘した。どうだろう。条件付きというのは」

「どんな条件ですか?何でもします」
「おまえの寿命が尽きる10日間、良いことをしなさい。人に感謝されなさい。ひとつ良いことをするごとに、寿命を1年延ばそう」

神様はそう言って、ふうっと袖を振った。

男はがばっと飛び起きた。
「何だ。夢か?」
しかし枕元に母が大切にしていた紫色の数珠が置いてあり、男は夢ではないと確信した。

男は翌日から、さっそく良いことをした。

駅の階段でおばあさんの荷物を持ってあげたり、子供たちが無事に横断歩道を渡れるように指導をしたり、同僚の代わりに残業をした。後輩のミスをかばって土下座をした。
休日は進んでゴミ拾いをしたり、困ったお年寄りの手伝いなどをした。

『良いことノート』には、たくさんの良いことが並んだ。
9日が過ぎた頃には、30もの良いことをしていた。つまり、寿命が30年延びたことになる。
男の評判はうなぎのぼり。
いい青年だと町の人から感謝され、後輩からは慕われ、上司からも高評価だ。

そしていよいよ10日め、男は「よし、今日もいいことをして1年でも長く生きられるようにしよう」と、活き活きとして出かけた。
登校中の学生の落し物を一緒に探してあげた。
給料前で金のない後輩に昼ご飯をご馳走した。
そして、結婚記念日だから早く帰りたいという上司のかわりに、残業をかってでた。
遅くまで仕事をして会社を出たのは23時だった。

もう少しで最初の寿命だった10日が終わる。

そのときだった。
「キャー」という叫び声が聞こえた。
男が駆けつけると。若い女性が数人のヤンキーに絡まれている。
「やめてください」「いいから、おれたちとあそぼーよ」
女性が男に気付き、助けを求めた。
男は「やめないか。嫌がってるだろう」とヤンキーたちに言った。
たちまち顔面にパンチが飛んできた。
「カッコつけてんじゃねえよ。おっさん」
男は果敢にもヤンキーに向かって行った。

ヤンキーたちはへらへらと笑いながらかわしていたが、がむしゃらに振った手がヤンキーの顎に当たったとき、彼らの顔色が変わった。
ヤンキーは怒ってナイフを取り出して、あっという間に男を刺した。
「え?嘘だろう…」

ドクドクと流れる血を見て、ヤンキーたちは逃げ出し、男は路上に倒れた。
「あれ?なんで?おれ死ぬの?」

「よし、予定通りだ」
命の神様はそう言って消えた蝋燭をかたずけた。

「ちょっとぉ、神様、約束が違いますよ。どうして僕死んでるんですか」
男が白い着物で現れ、苦情を言ってきた。

「あ、そうだ。言い忘れておった。あのね、蝋燭は変えられないから、一回死んでもらわないといかんのだ。そのうえで、新しい蝋燭に差し替える、というわけだ」
そして神様は、穏やかに笑いながら新しい蝋燭に火をつけた。

男は病院で目覚めた。生死の間をさまよって生還した。(実際に一度心臓が止まった)
たくさんの人が見舞いに来た。良い人になった男はすっかり人気者だ。
その中に、あのときヤンキーから助けた女性がいた。
彼女はやがて男の妻となる。

寿命の他に、伴侶まで手に入れたか。
命の神様は微笑みながら、赤々と燃える炎を見つめた。



4月15日(水)07:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理

りんのショートストーリー

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2015-04-01?comment_success=2015-04-02T06:18:13&time=1427923093

大きな穴 [ファンタジー]

それはまだ肌寒い早春の朝だった。
町の公園の真ん中に、突然大きな穴があいた。
人が百人入れそうな大きな穴だ。
地盤沈下は考えられず、まるで誰かが掘ったような穴だった。
前日の22時には、何もなかったことが証明されている。
つまりたった数時間で、こんな巨大な穴があいてしまったことになる。

町中が大騒ぎ。
聞きつけたマスコミまでもやってきて、まるで祭りのような人出だ。
「隕石が落ちたのではないか」という説が出た。
「いや、それではその隕石はどこに行ったんです?ゴムまりのように跳ねて宇宙に戻ったとでも?」
「これは人間の仕業ではない。何か不吉なことが起こる暗示だ」
オカルトめいた発言が日本中を怯えさせた。

探検隊が現れて、穴の中に入ってみるという特別番組も作られた。
結局何事もなく、「ただの穴です」と締めくくった。

とりあえず、危ないから穴を埋めようと誰かが言うと、
「せっかくこんなに賑わっているのに、埋めたら元の寂びれた町に逆戻りだ」
と、商店街の人々が烈火のごとく反対した。
「公園で遊べないじゃないか」「散歩が出来ない」
「どうせ何もない公園だ」「利用しているのはノラ猫くらいだろう」
喧々囂々の大騒ぎがしばらく続いたが、2週間も過ぎた頃には報道陣も見物人も姿を消した。

そして、すっかり春めいた朝、穴があいていたところに、大きな大きな木が茂っていた。
「いったいどういうことだ?」
「こんな大きな木が突然生えるはずがない」
「誰かが植えたのか?」
「一晩でこんな大きな木を?」

青々と繁った木を囲んで、みんなが首を傾げていると、ひとりの老婆が笑顔で言った。
「あら、ちょうどいい日陰が出来たわ。暑い夏もここで凌げるわね」
人々は顔を見合わせた。
「そうだな。ここにベンチを置こう」
「枝に縄をくくってブランコを作ろう」
「わーい」
人々は、巨大な幹を囲んで、まぶしそうに緑の葉を見上げた。

『どうだ。21世紀植樹計画は進んでいるか?』
『神様、それがですね、人間ときたら穴を掘っただけで大騒ぎ。ようやく木を植えたらまた大騒ぎ。なかなか進みませんよ』
『しかし見てみろ。木を囲んで、みんな幸せそうだ』
『本当ですね。では2本目をさっそく植えましょう』

明日の朝、あなたの町に大きな穴があいていたら、騒がずそっと見守りましょう。



4月2日(木)06:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理


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