恋の松竹梅 |
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りんのショートストーリー [男と女ストーリー]
高木は、午後6時になると500円玉をにぎりしめて、弁当を買いに行く。 「幕の内の梅ですね」 高木が注文する前に、弁当屋の看板娘が言う。 毎日同じものを注文するから、すっかり覚えてしまっている。 「はい、485円です」 500円を渡すと、左手をそっと添えてお釣りを手のひらに乗せてくれる。 高木はいつもここでときめく。 笑顔が素敵で、キビキビ動く彼女に、高木はほのかな恋心を抱いている。
高木は漫画を描いて生計を立てている。 まったく有名ではないが、何とか食べていける収入はあった。 幕の内の梅は、高木にとってささやかな贅沢だった。
あるとき、「いらっしゃいませ」と元気に挨拶した彼女の顔がくもった。 「あら、ごめんなさい。幕の内の梅、売り切れちゃったの」 「え?ホント?」 「ええ、竹ならあるんだけど」 「じゃあ、今日は竹にするよ」 そう言って500円を出した高木だったが、幕の内の竹は590円だった。 「あ、足りない。家に帰って金持ってくるよ」 慌てて500円をひっこめた高木だったが、看板娘は竹を袋に入れて差し出した。 「500円でいいですよ。毎日来てくれてるから。あっ、パパとママには内緒ね」 そう言ってにっこり笑った彼女に、高木は大きな勘違いをした。 『もしかして、この子、オレのこと好きかも』 高木は夢心地で、少しだけ豪華な弁当を食べた。
いいことは続くもので、原稿を出版社に持っていくと、 「このまえの読み切り評判いいよ。連載にしようかって話が出てるんだ」 「本当ですか。やった!」 高木はすぐに思った。 きょうは、幕の内の松にしよう!
千円札を握りしめ、勇んで買いに行くと、弁当屋の前に高級な外車が停まっている。 すげーな。デラックス幕の内でも買いに来たのかな。 そう思っていると、看板娘のあの子がいつになく着飾って出てきた。 「お待たせしました」 よそ行きの声の彼女が、微笑みながら車に乗り込んだ。 弁当屋に不似合な外車が、スマートに走り出し、高木の横を通り過ぎた。 彼氏か…。そうだよな。あんなかわいい子に彼氏がいないわけがない。 うなだれながら高木は帰った。今夜はカップ麺でいいや。
それからしばらく、弁当屋へ行かなかった。 彼女のことがショックだったのもあったが、初めての連載が決まって、高木は急に忙しくなった。
高木は数週間後、久しぶりに弁当屋に行った。 「いらっしゃい。あら、久しぶりですね」 彼女の笑顔は、心なしか少し淋しげだった。 「梅ですね」 「いや、今日は、松にしようかな」 高木はそう言って、千円札を出した。 「毎日梅だと飽きるからさ、たまには贅沢しなきゃ」 彼女はクスッと笑いながら松の弁当を詰めた。 「はい、780円なので、220円のお釣りです」 いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふっとため息をついた。 「松のお弁当も、毎日食べると飽きるものよ」 「?」
彼女は金持ちの御曹司に見初められて、つきあい始めた。 しかしデートの度に豪華なディナーやパーティ。 ブランドで身を固めたセレブの友人たち。会話は全く意味不明。 自分らしさを出せぬまま、彼女は御曹司と別れてしまったのだ。
そんなことはつゆ知らず、高木は松の弁当を食べながら思った。 「梅の方が好きかも」
高木は翌日、500円玉を握りしめ、弁当屋へ行った。 「いらっしゃいませ。今日は松竹梅どれにする?」 「梅にする。やっぱり俺には梅がいちばん合ってる気がする」 そう言って500円を差し出す高木に、なぜか不思議な安心感を覚える彼女であった。 「15円のお釣りです」 いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふと思った。 「わたし、この人のこと、わりと好きかも」
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Jul.14(Thu)08:45 | Trackback(0) | Comment(0) | りんのショートストーリーより | Admin
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