りんのショートストーリー より |
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http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-02-27
身代わり雛 [ファンタジー]
お雛様には、不思議な力があるのです。 最初にそれを知ったのは、一人娘の桃香が小学生のときでした。
2月のよく晴れた日に、お雛様を飾りました。 三段のひな壇に人形を並べると、家の中が華やかになりました。 一気に春が来たようです。
飾ったときは何ともなかったのですが、一息入れようとお茶を飲んでふと見ると、お雛様の手が曲がっています。 「おかしいわね。さっきまで曲がっていなかったわ」 不思議に思っていると、桃香が学校から帰ってきました。 手首をさすっています。 「どうしたの?」 「そこで転んだの。へんなふうにひねっちゃったけど、もう大丈夫」 桃香の手は、少しコンクリートで擦った跡がありましたが痛みはないようです。 私は思いました。 もしかして、お雛様が身代わりになってくれたのではないかと。 そんな話をおばあちゃんから聞いたことがありました。 人形が、子供を守ってくれるという言い伝えです。
その後も、不思議なことは続きました。 自転車で転んで額に傷が出来たときも、いつのまにかきれいに消えていました。 代わりにお雛様の額に、深い傷がついていたのです。 指にやけどをした時も、お雛様の指が赤くなり、桃香の指に跡が残ることはありませんでした。
そんなふうにお雛様に守られながら、桃香は大人になりました。 18歳になり、東京の大学に行った桃香は、家を出て一人暮らしを始めました。 心にぽっかり穴が空いたようでした。 その時から、私はお雛様を飾らなくなりました。
そして去年、桃香は東京で知り合った人と結婚しました。 大学を卒業したばかりでした。 早すぎると、夫も私も反対しましたが、桃香の気持ちは変わりませんでした。 もうこの家で一緒にお雛様を飾ることはないのだと、少し寂しくなりました。
ちゃんとやっているのかしら。 親の気も知らずに、桃香はあまり帰ってきません。 時々電話をしても、「心配しないで」とすぐに切られてしまいます。
春が近づいてきました。 私は、ふと思いついて、お雛様を出してみました。 娘がいなくても、ひな祭りを楽しもうと思いました。 私も昔は女の子だったのですから。
押し入れから出したお雛様を見て、驚きました。 お雛様は傷だらけでした。 あちらこちらに傷があり、唇の端が切れて血のように赤くなっています。 泣いているような目で、私を見ました。 はっとしました。 私は、取るものも取り合わず、東京へ向かいました。
突然訪ねた私に、桃香は戸惑いを隠せませんでした。 桃香の夫はなおさら動揺しました。 そのはずです。桃香の顔は、たった今殴られたように腫れていました。 体にもたくさんの痣がありました。 DVです。真面目そうに見えたこの男に、桃香はずっと怯えていたのです。
私は、桃香を連れて帰りました。 感情を失くしたようにうつむいていた桃香は、傷だらけのお雛様を見て泣きました。 子供のように泣きじゃくりました。 桃香の痣が、だんだんにお雛様に移り、お雛様はまっ黒になりました。 「ごめんね、ごめんね」
私は桃香の背中をゆっくりさすりました。 「来年は、一緒に飾ろうね。お雛様」 桃香はまっ黒になったお雛様を抱きしめて、小さく頷きました。
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Mar.5(Sat)18:57 | Trackback(0) | Comment(0) | りんのショートストーリーより | Admin
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