お日さまとお月さま
 
幸せな地球さんを見ました 
 


lりんのショートストーリーより

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-01-09

視線上のY [公募]

私の夫は、姉の婚約者だった。
略奪愛と呼ばれる私たちの恋愛は、双方の家族にとっては殺人よりも重罪だ。
激しい非難を受け、理解されぬまま、家族も故郷も捨てた。

夫とふたり、遠くの町でゼロからのスタート。
夫は小さな町工場で働き、私は近くのスーパーで働いた。
生活の何もかもが変わったけれど、ふたりでいれば幸せだった。

あるとき、Yの視線に気づいた。
Yは、近所に住む四十代の主婦で、何かを感じて振り向くと、必ず私を見ている。
ぞくっとした。その目は、私たちを軽蔑して非難した家族の目に似ていた。 
「ご主人とは、どこで知り合ったの?」
ゴミ捨てのついでに行われる井戸端会議で、誰かが私に話しかけた。
「合コンです」と答えた。早く話を切り上げるために用意した答えだ。
「あら、今どきの若い人は、そうよねえ」
数人がクスクス笑う中、またあの視線を感じた。
Yが、こちらを見ている。
唇をゆがめ、蔑むような、憐れむような視線を向けている。
やはりこの人は、私たちのことを知っている。

主婦たちの輪を抜けて、急いで家に帰り、夫の胸にすがった。
「私たちのことを知っている人がいるわ」
「まさか。こんな町で」
「三軒先のYさんよ。あの人、お姉ちゃんの知り合いかしら。怖いわ」
「落ち着いて。僕たち、何も悪いことをしてないよ。出会ったのが遅かっただけだ」
夫が優しく背中を撫でてくれた。少し気持ちが楽になった。

出会いは、姉の婚約パーティだった。
パーティと言っても親族だけのホームパーティで、私は初めて会った彼に、信じられないほどの運命を感じてしまった。彼の方も同じだったらしく、私たちは急激に恋に落ちた。
私たちの関係を知った姉は、大きな目に涙をためて、「どうして?」と繰り返した。
「どうして、どうして」と狂ったように叫び、どんなに視線を外しても、姉の目はどこまでも私を追いかけた。責めるような、蔑むような、憐れむような目だった。

木枯らしが吹き始めた。この町に来て、初めての冬だ。
仕事を終えて帰ると、アパートの前にYが立っていた。
「あら、お帰りなさい」
不審に思いながらも、ぺこりと頭を下げた。
「何か御用ですか」
「これ、ちょっと作りすぎちゃったからおすそわけ。レバーは嫌いかしら?」
タッパーに入った黒い物体。レバーを甘辛く調理したものだとYは言った。
私は、急に吐き気を感じてYを振り払って家に入った。

「待って、奥さん。私、知ってるのよ」
背中にYの声を聞いた。やっぱりYは、私たちのことを知っている。
レバーは夫の好物で、姉がよくこんな料理を作っていた。
家族や姉の目から逃げて、こんな遠くまで来たというのに。
西陽が差し込む狭いキッチンで、私は肩を震わせてしゃがみこんだ。

それから、体調のすぐれない日が続いた。外に出るのが怖い。Yの目が怖い。
Yは密かに姉と連絡を取っているかもしれない。
『あんたなんか、絶対幸せになっちゃいけないのよ』
Yの目と、姉の目が交互に現れる。
『家族にも世間にも背いた人が、平穏に暮らせるはずがないでしょう』
目眩がして、このところ寝てばかりだ。
最初は優しかった夫も、散らかった部屋でうんざりしたようにため息をつく。
「僕だって慣れない仕事でくたくたなんだよ」
苛立ちながら洗濯物を取り込む。ごめんなさい。
こんなはずじゃなかったのに。きっと罰が当たった。
私は暗い部屋で、ただただ泣いていた。

いくらか暖かい午後だった。隣の奥さんが、回覧板を持ってきた。
「顔色悪いわね。大丈夫?」
優しい言葉にも、ただ頷くだけだ。
「そういえば、Yさんに聞いたんだけど……」
ぎくりとした。もう終わりだ。Yはきっと近所中にふれ回った。
私が姉の恋人を奪った恐ろしい女だと。
姉の目が、こんな遠い町まで追いかけてきた。
ふらふらと倒れそうな身体を隣の奥さんが支えてくれた。

「やっぱりあなた、妊娠してるのね」
「妊娠…?」
「Yさんが言ってたの。あの人、子だくさんだから、そういうのわかるのよ。ずいぶん心配してたのよ。貧血じゃないかって」
妊娠……。そういえば思い当たる節がある。
大きく息を吐いて、お腹に手を当ててみた。小さな温もりを感じた。
顔を上げたら、冬の日差しに洗濯物が揺れていた。
三軒先のベランダで、Yさんが優しい瞳で私を見ていた。

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りんさんの ショートストーリーは、
ほっこりして 後味がいいので好きです。

(^.^)



Jan.11(Mon)09:41 | Trackback(0) | Comment(0) | りんのショートストーリーより | Admin

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