りんのショートストーリー |
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カエルのプロポーズ [ファンタジー]
http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2015-04-27
山のみどりは、見るたびあざやかになります。 五月は、ほんとうにいい陽気です。
ふもとでは、田植えがさかんに行われています。朝から日が暮れるまで大忙しです。 「あ~あ、いい天気なのに遊びにも行けない」
一郎さんは、肩をぽんぽんとたたきました。 ぎっくり腰になったお父さんのかわりに、ひとりで田植えをしているのです。
「おや一郎、精が出るね」 近所のおばあさんが、通りかかるたびに声をかけます。そして必ず、 「早く嫁さんをもらいなよ」 と言うのです。そのたび一郎さんはためいきをつきます。
「この村に、若い女なんかいねえべ。ばあさんばっかりだ」
一郎さんは疲れたのでひと休みして、おにぎりを食べることにしました。 畦道の草むらに腰をおろし、おにぎりの包みを広げました。 塩だけでにぎった丸いおにぎりです。この塩むすびが、一郎さんは大好きです。
ふと、誰かに見られているような気がして横を向くと、一匹のカエルが一郎さんの肩にのっています。
おにぎりをじっと見ています。
「めんこいカエルだ。おにぎり食うか?」 一郎さんは、ごはんをひとつぶカエルの口に持っていってあげました。 カエルはぱくりと食べました。
「カエルもごはんを食べるんだなあ」
一郎さんが感心していると、「もっとちょうだい」と小さな声がしました。カエルがしゃべっていたのです。
「ああ、たまげた。おまえ、しゃべれるのか」 「ええ、だってわたし、元は人間なんだもの」 「どういうことだ?」
カエルは、きのうまで人間の女でした。カメラ片手に日本各地を旅して、この村に立ちよったのです。 きれいな風景に感動して、夢中で写真をとっていたら、水をはった田んぼに、どぼんと落ちてしまったのです。
「やっとの思いではい上がってきたら、カエルになっていたの」 「そんなバカげた話があるもんか」 「本当なのよ。あたし、水にうつった自分の姿を見て、気を失いそうになったわ」 「そりゃあ、そうだろう」 「だけどカエルになったって元は人間でしょう。おなかがすいても虫なんか食べたくないし、困っていたらあなたのおにぎりが、きらきらかがやいて見えたの」 「そうかそうか。じゃあどんどん食え」
一郎さんは、ごはんつぶをふたつ、みっつ、カエルの口に持っていきました。
「おいしいわ。こんなおいしいごはん、初めて食べたわ」 「そうか。米なら売るほどあるから好きなだけ食え」
「わたし、人間に戻れたら、あなたのお嫁さんになってあげるわ」 一郎さんは、カエルのプロポーズに思わず笑いました。
「ははは、カエルに言われてもなあ」 「笑うなんてひどいわ。わたし本気で言ったのに。いいわよ。どうせわたしなんて、ヘビに食べられてしまうんだわ」
カエルは怒って、一郎さんの肩からぴょんと飛びました。 「まてまて」 本当にヘビに食べられては大変です。一郎さんは立ち上がってカエルを両手でつかまえました。
そのとたん、バランスをくずして田んぼの中にドボーンと落ちました。
「ああ、せっかく植えた苗がだいなしだ」 一郎さんはどろんこになって立ち上がりました。うしろからカエルの声がしました。 「あたしも手伝うわ」
「カエルに手伝ってもらってもなあ」 と言いながら一郎さんがふり向いたら、そこには同じようにどろだらけの若い娘が立っていました。
「あなたのおかげで、人間に戻れたみたいよ」
娘は顔のどろをぬぐいながら、にっこり笑いました。 その笑顔は五月の風のようにさわやかで、五月の光を集めて咲くツツジのようにあでやかでした。 「あの、さっきのプロポーズだけど」
しどろもどろになりながら、一郎さんがたずねると、娘は大きくうなづきました。
「もちろん本気よ。あんなおいしいごはんが毎日食べられるなら、あなたのお嫁さんになるわ」
通りかかったおばあさんが、どろだらけのふたりを見て言いました。 「一郎、いつの間に嫁さんもらったんだ?」
「たった今だ」
見つめ合うふたりを祝福するように、きそく正しく並んだ苗が、やさしくゆれていました。
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Apr.29(Wed)18:14 | Trackback(0) | Comment(0) | りんのショートストーリーより | Admin
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