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2016年9月26日を表示

りんのショートストーリー

人生最後の贈り物 [公募]

人間には寿命がある。それは仕方のないことだ。
あまり知られていないが、寿命が近づくと、どこからか封書が届く。
きれいな水色の封筒には、天使の羽根で書かれたような、あなたの名前が記されている。
封筒の中には、真綿のような白い表紙のカタログが入っている。
タイトルは『人生最後の贈り物』。

高木は、三年前に妻を亡くしてひとり暮らし。
息子夫婦に一緒に暮らそうと言われたけれど断った。
住み慣れた町を離れたくなかったし、嫁に気を使うのも嫌だった。
しかしここ数か月は体調が悪く、息子夫婦の世話になることも考えなければ、と思い始めていた。

高木宛に水色の封書が届いたのは、そんな秋の早朝だった。
起き抜けのテーブルに、不思議なほど自然に置かれていた。
高木は戸惑いつつも封を開けた。
「人生最後の贈り物? なんだ、これは?」

カタログを開くと、紫色のインクで書かれた丁寧なあいさつ文があった。

『慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に、最後の贈り物です。カタログの中から気に入ったものをひとつ選んで、返信用のはがきに番号をご記入ください。最期まで幸せなときを過ごせるよう、心よりお祈りいたします』

そろそろお迎えが来るということか。高木は妙に納得しながら、頁をめくった。
一頁めに、豪華なディナーの写真があった。
こんな食事を、一度はしてみたいと思っていた。
飲んだこともない高価なワインとシャンパン。
厚いステーキに添えられたフォアグラ。旨そうだ。
しかしこのところ、いかんせん食欲がない。半分も食べられないだろう。
高木はため息をついて頁をめくった。

二頁めには、旅の写真があった。高木は、海外旅行など一度も行ったことがない。
妻が病弱だったから、旅行といっても近場の温泉がせいぜいだ。
ハワイでゴルフ、パリで美術館巡り、豪華客船で世界一周。どれもこれも魅力的だ。
しかし高木は、妻と出かけた温泉以上の想い出を作りたいとは思わなかった。
夕陽に染まる山間の宿と、妻の笑顔が高木のいちばんの想い出だ。

三頁めには、可愛い赤ん坊の写真があった。「初孫」と書かれている。
少し高木に似ている気がする。息子夫婦に子供はいない。
友人から孫の話を聞くたびに、羨ましいと思ったのは事実だ。
しかし、そういう人生を選んだのは息子夫婦だ。
老い先短い自分の願望で、彼らの人生を変えてはならない。

四頁めには、級友たちの写真があった。
どのようにして手に入れたのかわからないが、高木の学生時代の写真であった。
これにはさすがに心が動いた。
最後に級友たちと酒を酌み交わすことが出来たらどんなにいいだろう。
しかし高木は、三年前の妻の葬儀に遠方から駆けつけてくれた友人たちのことを想った。
みんな足が不自由だったり、持病があったりする中、無理をしてきてくれた。
何度も足を運ばせるのは忍びない。高木の方が出向くのは、体力的に自信がない。
これもだめかと頁をめくった。

五頁めには、写真はなかった。ただ、大きな読みやすい字でこう書かれていた。
『あたたかく、おだやかな死』
これだ、と高木は思った。もうこれ以外望むものはない。
高木はカタログを閉じて、同封されていた返信用のはがきに、「№5」と書き込んだ。

すると、それと同時にはがきが煙のように消えた。
カタログも封筒も、一緒に消えてしまった。
高木は、右手に握りしめたボールペンで頭を掻きながら「寝ぼけてたのか?」とひとり言を言った。

それから数か月後、高木は静かに息を引き取った。
息子夫婦と、妹夫婦や甥や姪たちに囲まれて、実にあたたかく、おだやかな最期だった。

「あなた、今までお疲れさまでした」
まるで定年退職をしたときのように、先だった妻が高木を迎えた。
「あなたも№5を選んだのね」
「そうだ。おまえも?」
「ええ、それ以外に望むものなどないわ」
「そうだな」
「あなたが№6を選ばなくてよかったわ」

№6があったことを、高木は知らなかった。五頁までしか見ていなかったからだ。
何だろう。気になったが後の祭り。
高木は妻の手を取って、あたたかくおだやかな風の中を歩き出した。

№6は、「絶世の美女との一日デート」であった。
女性の場合は美女が美男子になるのだが、不思議なことに殆どの人間は、五頁めで手を止めてしまうのだった。人生最後に願うことは、きっとそういうものなのだろう。

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-09-09



9月26日(月)07:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理


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