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2016年3月5日を表示

りんのショートストーリー より

http://rin-ohanasi.blog.so-net.ne.jp/2016-02-27

身代わり雛 [ファンタジー]

お雛様には、不思議な力があるのです。
最初にそれを知ったのは、一人娘の桃香が小学生のときでした。

2月のよく晴れた日に、お雛様を飾りました。
三段のひな壇に人形を並べると、家の中が華やかになりました。
一気に春が来たようです。

飾ったときは何ともなかったのですが、一息入れようとお茶を飲んでふと見ると、お雛様の手が曲がっています。
「おかしいわね。さっきまで曲がっていなかったわ」
不思議に思っていると、桃香が学校から帰ってきました。
手首をさすっています。
「どうしたの?」
「そこで転んだの。へんなふうにひねっちゃったけど、もう大丈夫」
桃香の手は、少しコンクリートで擦った跡がありましたが痛みはないようです。
私は思いました。
もしかして、お雛様が身代わりになってくれたのではないかと。
そんな話をおばあちゃんから聞いたことがありました。
人形が、子供を守ってくれるという言い伝えです。

その後も、不思議なことは続きました。
自転車で転んで額に傷が出来たときも、いつのまにかきれいに消えていました。
代わりにお雛様の額に、深い傷がついていたのです。
指にやけどをした時も、お雛様の指が赤くなり、桃香の指に跡が残ることはありませんでした。

そんなふうにお雛様に守られながら、桃香は大人になりました。
18歳になり、東京の大学に行った桃香は、家を出て一人暮らしを始めました。
心にぽっかり穴が空いたようでした。
その時から、私はお雛様を飾らなくなりました。

そして去年、桃香は東京で知り合った人と結婚しました。
大学を卒業したばかりでした。
早すぎると、夫も私も反対しましたが、桃香の気持ちは変わりませんでした。
もうこの家で一緒にお雛様を飾ることはないのだと、少し寂しくなりました。

ちゃんとやっているのかしら。
親の気も知らずに、桃香はあまり帰ってきません。
時々電話をしても、「心配しないで」とすぐに切られてしまいます。

春が近づいてきました。
私は、ふと思いついて、お雛様を出してみました。
娘がいなくても、ひな祭りを楽しもうと思いました。
私も昔は女の子だったのですから。

押し入れから出したお雛様を見て、驚きました。
お雛様は傷だらけでした。
あちらこちらに傷があり、唇の端が切れて血のように赤くなっています。
泣いているような目で、私を見ました。
はっとしました。
私は、取るものも取り合わず、東京へ向かいました。

突然訪ねた私に、桃香は戸惑いを隠せませんでした。
桃香の夫はなおさら動揺しました。
そのはずです。桃香の顔は、たった今殴られたように腫れていました。
体にもたくさんの痣がありました。
DVです。真面目そうに見えたこの男に、桃香はずっと怯えていたのです。

私は、桃香を連れて帰りました。
感情を失くしたようにうつむいていた桃香は、傷だらけのお雛様を見て泣きました。
子供のように泣きじゃくりました。
桃香の痣が、だんだんにお雛様に移り、お雛様はまっ黒になりました。
「ごめんね、ごめんね」

私は桃香の背中をゆっくりさすりました。
「来年は、一緒に飾ろうね。お雛様」
桃香はまっ黒になったお雛様を抱きしめて、小さく頷きました。



3月5日(土)18:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | りんのショートストーリーより | 管理


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